ファーストスラムダンクのラストシーンネタバレ紹介!最後の写真の意味も考察!
「週刊少年ジャンプ」で1990年から1996年にわたって連載された漫画『SLAM DUNK』は、今も愛され続けているバスケ漫画の代表です。
『SLAM DUNK』原作者の井上雄彦が監督・脚本を手掛けた映画「THE FIRST SLAM DUNK」はラストシーンが大変話題になりました。
ネタバレしてしまいますが、映画ラストに出てくる最後の写真についても、どんな意味があるのか考察すると奥深い物語が含まれています。
今回この記事では、ファーストスラムダンクのラストシーンをネタバレになりますが紹介しようと思います。
そして映画ラストに登場する最後の写真の意味も考察してみます。
2024年8月13日より復活上映も決まり、上映に先駆け6月10日よりNetflixでの配信もスタートします。
映画の内容理解を深める際の参考にしてもらえれば嬉しいです!
Contents
ファーストスラムダンクのラストシーンネタバレ紹介!
ファーストスラムダンク見てきた。試合のラスト数秒のスピード感、ヒリヒリ感がとにかくヤバい。スラダンはほぼ未履修なんだけど、それぞれのキャラにちゃんと感情移入(特にリョーちん)できてすごく楽しめた。映画館で見てよかった。 pic.twitter.com/2tTgHEG3i3
— やぐち (@suisyo_y) July 16, 2023
ファーストスラムダンクのラストシーンは、すでにアメリカでプレイしている山王工業高校出身のエース沢北栄治と渡米した宮城リョータがマッチアップしている姿でした。
このシーンにいろいろなコメントが出されました。
- アメリカに行きたいと言っていたのは流川では?
- 主人公の桜木が渡米して活躍すると思っていた
- どうして谷沢と宮城?
渡米についての描写を原作者の井上は書き直したいと思っていた、と過去のインタビューで語っています。
原作漫画のエピソードである「谷沢の渡米」をネガティブに描いてしまったことを後悔していたからです。
今回の映画では、原作漫画とは違うエピソードを描くつもりだったので、物語の視点も今まで細かく描写してこなかった宮城リョータにして、渡米をポジティブな挑戦として再度描き直したのです。
井上は「海外への挑戦を恐れずにしてほしい」という言葉をバスケ界や世の中に対して発信していました。
そして、ファーストスラムダンクのラストシーンでなぜ宮城リョータの渡米が描かれたのか、理由も考察してみました。
日本人初のNBAプレイヤーの登場
漫画『SLAM DUNK』の連載中は、身長の壁がある以上日本人プレイヤーがアメリカで活躍するのは難しいと一般的には考えられていました。
原作者の井上もそのひとりであり、当時は日本人がNBAで活躍することをどこか夢のように思っていた部分もあったのでしょう。
しかし、漫画『SLAM DUNK』の連載が終了した後、バスケット選手としては身長が低いと言われた田臥勇太選手がNBAプレイヤーとなったのです。
「180cm以下の選手の世界での活躍」は非常に険しく困難な道であることは、経験者をはじめバスケを愛する人間ならば誰もが暗黙の了解として理解しています。
そんな世界に177㎝の田臥選手は飛込み、努力の結果、NBAのフェニックス・サンズと契約が決まり日本人初のNBAプレーヤーとなりました。
田臥勇太選手は、スラムダンクに登場する山王工業高校のモデルとなったと言われる秋田県立能代工業高校のスタメンとして、3年連続でインターハイ・国体・全国高校選抜の3大タイトルを制し、史上初の「9冠」を達成した選手です。
田臥選手も『SLAM DUNK』の愛読者のひとりであり、漫画『SLAM DUNK』連載最後の年となった1996年に能代工業高校に入学しました。
後に井上と対談する機会があり、その時に「アメリカ留学を目指していた流川や沢北がどういう思いで向こうへ行こうとしているのか、20代のころにはリアルに感じられた」と語っています。
田臥選手が出てくるまでは、日系アメリカ人選手は存在していましたが、日本人プレイヤーは皆無でした。
身長の壁は宮城リョータも感じていて、168㎝という壁に何度もぶち当たります。
山王戦の最中にも「身長の壁」という現実を突きつけられ、安西先生の「今さら何を恐れることがある?子供の頃からずっとそうだったでしょう」という言葉によって再び闘志を取り戻します。
つまり、日本人がNBAで活躍できることが証明されている現在において、日本人がアメリカでバスケをプレイすることをポジティブに描き、日本人もどんどんアメリカでバスケに挑戦してほしいというメッセージを発信しているのです。
原作者の井上雄彦がスラムダンク奨学金を支援している
スラムダンクの原作者である井上雄彦は、「スラムダンク奨学金」というアメリカ留学支援を行っています。
バスケットボールに取り組み、高校卒業後も競技を続けることを希望する高校生を対象とし、奨学生はアメリカの大学へ進学することを目的としたプレップスクールに派遣されます。
宮城リョータは幼いころに父親を亡くして、金銭的に裕福ではない家庭で育ちました。
高校卒業後、進学することもましてや留学することなんて難しい状況でした。
しかし、チャンスがあればもっと大きな舞台で活躍できる選手になるかもしれない可能性を秘めていました。
現実世界でも、バスケへの情熱や才能があるのにも関わらず、金銭的な問題からアメリカでのバスケに挑戦できないような子どもたちにもチャンスを与えられるように、「スラムダンク奨学金」が用意されているのです。
このように、金銭的な問題でバスケのチャレンジをやめてほしくないという井上の強い情熱が、映画スラムダンクのラストシーンを描いた理由になっているのではないでしょうか。
ファーストスラムダンク最後の写真の意味も考察!
公開終わる前にファーストスラムダンクを観に行ったんだけど面白かったな。宮城リョータの山王戦にかける思いがこんなに重いものとは知らなかったわ。 pic.twitter.com/NJZD1v8uUl
— マガロック (@krgdz) March 5, 2023
映画『THE FIRST SLAMDUNK』の最後に登場する宮城リョータの家の食卓に飾られている写真。
写っているのはリョータの兄「宮城ソータ」です。
食卓に飾られた写真が意味するものは、宮城家が新たな一歩を踏み出した証でした。
宮城ソータはどんな人物?
宮城家の長男で宮城リョータとは3歳差の兄です。
父の死後、悲しみに泣き崩れる母のカオルを見て「これからは自分が宮城家を支える」と宣言します。
まだ小学生だったソータにできることには限りがありましたが、少しでもカオルの助けになろうと力を尽くし、やがて家族の誰もが自然と笑顔になれる環境を作り出しました。
故郷の沖縄ではミニバスチームに所属し、キャプテンを務めるほどの選手でした。
小学生の頃から体格にも恵まれ、周囲からバスケット選手として将来を期待されていたソータ。
ソータ自身も、将来はミニバスケットボールの選手として活躍し、高校バスケ界最強と呼ばれる山王工業高校を倒すことを夢見ていました。
同じミニバスチームでレギュラーを目指していたリョータにバスケを教えてくれた優しい兄でしたが、12歳の時に友人と海釣りに出かけ海難事故に遭いこの世を去ります。
宮城ソータ死後の家族関係は?
父の死後、宮城家を支えていたソータの死は、まだ夫の死から完全に立ち直っていない母をさらに追い詰めました。
相次ぐ家族の死を受け止められず、夫とソータとの思い出がつまった沖縄を離れ、リョータとアンナを連れ神奈川県へ引っ越しました。
必死に立ち直ろうとする母は、考えた末に夫とソータの遺品を処分しようと考えますが、兄のことを忘れたくないリョータに反対されます。
これをきっかけに母とリョータとの関係がこじれてしまい、2人の間に距離ができるようになりました。
ソータのことを決して忘れないようにしているリョータを疎ましく感じることもありましたが、距離を置きながらも見守り続けていました。
宮城リョータの葛藤とは?
家に居場所がなくなったと感じたリョータは、問題を起こすことが増えさらに母と衝突を繰り返します。
そんな時、故郷沖縄でソータの遺品であるバスケットシューズを発見します。
かつてソータが語っていた「いつか高校バスケ界最強といわれる山王工業を自分のチームで倒したい」という夢のことも思い出したのです。
リョータは兄ソータの夢を自分が果たそうと心に決め神奈川に戻ります。
湘北高校のバスケ部に復帰し、目標を達成するために猛練習をするようになったのです。
そしてその努力の結果、リョータのチームはインターハイ全国大会へ出場を決めます。
宮城家あらたなスタートのきっかけは?
インターハイ全国大会の開催地へ出発する前日はリョータの誕生日でした。
母と妹のアンナに自宅の食卓でケーキを食べて誕生日を祝ってもらったリョータ。
アンナはこの食卓に飾られている家族写真の横に兄ソータの写真を置いてはどうか、と提案します。
まだソータの死を受け入れきれない母は、どうしたらいいかわからない表情をしていました。
リョータはそんな母へ1通の手紙を残して試合へ向かいました。
手紙には、これまで迷惑をかけたことへの謝罪、バスケを続けさせてくれたことへの感謝、そして“高校バスケ界最強と呼ばれる山王工業を倒す”というソータの夢は自分が代わりに実現させる、という決意が記されていました。
そして、ソータの夢を実現させることで「ソータの死」という過去との決別を果たそうと考えていること、母との関係も修復したいと願っていることを伝えました。
リョータが残していった手紙を読んだ母は、「家族の中で自分だけが夫とソータの死を悲しむばかりで立ち直ろうとしていなかった」ことに気付き、関係修復を望むリョータの想いに応えようと思ったのです。
インターハイ全国大会から戻ってきたリョータと母との関係は少しずつよくなり、以前のような家族関係に戻りつつあります。
ソータの死を受け入れることができるようになったリョータと母。
その結果、アンナが提案したソータの写真が食卓に飾られるようになったのです。
ファーストスラムダンクのラストシーンSNSでの反応は?
リョーちん推しは観た方がいいと話題のファーストスラムダンク、マジでリョーちん推しは観たがいい。ラストはマジかよッッッてなる。そして帰って山王戦読み返すことになるだろう pic.twitter.com/iBhIgIqVyF
— 言葉よりも本気な山田 (@kegari_c_block) December 18, 2022
ファーストスラムダンクを観に行ってきたよ。ラストの攻防は涙が出た‼️
新たな観点とストーリーの掘り下げに、感動。
上映前の前評判を一瞬する素晴らしい作品に作者の才能が魅せられました😃#スラムダンク映画 pic.twitter.com/h6IVEwAmGh
— おっしー (@2ggwnrABKxbSFul) December 30, 2022
ファーストスラムダンク見てきた。試合のラスト数秒のスピード感、ヒリヒリ感がとにかくヤバい。スラダンはほぼ未履修なんだけど、それぞれのキャラにちゃんと感情移入(特にリョーちん)できてすごく楽しめた。映画館で見てよかった。 pic.twitter.com/2tTgHEG3i3
— やぐち (@suisyo_y) July 16, 2023
ファーストスラムダンク
いい!!!
結末わかってるのに、
ラスト10分は
ヤバい!!!
— ABEND /介護職ママ (@Sawazun) February 29, 2024
まとめ
うおおおおおおおおおおおっ!
。・゚・(ノ∀`)・゚・。最高でした#ファーストスラムダンク pic.twitter.com/8FC2GtcTKW
— 納豆(海外ドラマ大好き) (@SR3D823tDHTzsE3) April 29, 2024
ファーストスラムダンクのラストシーン、奥深いです。
ネタバレになりましたが、最後の写真の意味は宮城家の関係修復ができた証だったんですね。
考察の結果、宮城リョータとソータ兄弟の深い絆を感じることができました。
個人的には途中で泣きそうになるくらい感動しました。
何度も見たくなるファンが多い作品というのもわかります。
今回は、ファーストスラムダンクのラストシーンをネタバレ紹介と映画ラストに登場する最後の写真の意味について考察してみました。
映画の理解を深める参考にしていただければ幸いです!